六月のはじめ、平安神宮に薪の火が灯ります。
74回京都薪能。——けれど今年の舞台は、例年とはどこか、違います。

 

5月30日時点

今、平安神宮の大極殿は静かにその姿を休めています。改修のため、あの荘厳な正面を背に、今年の舞台はしつらえられました。
拝殿を背景にした能舞台は、七十年余の歴史の中で、ただの一度もありませんでした。
昭和二十五年の創始より七十有余年。幾多の能楽師が薪の炎のもとに演じてまいりましたが、このたびの舞台は、まさにその歴史において未曾有の趣向。

5月31日午後11時時点

見慣れた社殿の風景が、角度を変えることで、まるで知らない庭のように見える。
夜風の通り道も、灯が映す影も、いつもとは少し違って見えます。
けれどその中で、能の舞は、変わらぬ時のリズムを刻み続けるのです。

移ろいの中にこそ、忘れがたい一瞬が宿るのだと——
今年の舞台は、そう語りかけてくるようです。

この先、また舞台は元の向きに戻るでしょう。
けれどこの光、この風、この景色は、きっともう二度とは訪れません。

「まだ誰も見たことのない舞台」
それは、この一夜を知る者だけが、
語ることのできる「まだ誰も見たことのない舞台」となるのでしょう。

 

皆さまのお心の中に、この一夜がそっと灯りますように。

心よりお待ち申し上げております。